出前授業 職業講話 世界で働いてきた話

職業講話で伺った中学校にて、生徒に「将来の夢は?」と聞いた

ら「正社員!」と言われた。その夢とはほぼ真逆にいる僕に対して

「どうやったらなれますか?」とムチャなことを聞いてきたので、

海外で様々なバイトを経験してきたことを話した。

 

採用のされ方のほとんどはインチキだった。特に印象的なのは海

外における記念すべき初めての就職先、ニュージーランドの山奥に

ある大きな牧場での牛の乳搾り。

日本人は働き者だから比較的どの職種にも重宝されるらしいが、

言葉の壁などでなかなか仕事が見つからなかった僕は、書類選考の

履歴書を現地の友達に書いてもらった。流暢な英語で書かれていれ

ば文句ないだろうと思ったのだ。案の定、採用通知が届くのには時

間がかからなかった。

 

僕らしいのはここから。躊躇せずとりあえず行ってしまうのだ。

そして現地に着いてまず第一声、たどたどしい英語で正直に謝った。

「ごめんなさい。あの履歴書は僕が書いていません。もちろん書か

れている内容に嘘はありません。もうすでにお気づきだと思います

が…英語ができません」。オーナー夫妻は驚いている。「今日はも

う帰る電車がありません。どうかおいてください!」。無理やり転

がり込んだのだ。

 

僕のこういった行動は芸人間でも「よくできるね」と感心される

ことが多いが、決してハートは強くない。いつだってビクビクする。

ただ、ビビってやめたらビビり損なので、ビビりながらもやってし

まうというだけなのだ。

 

初日に真顔で「この牛たちってオス、メスどっちですか?」と聞

いて笑われた。「乳搾りの経験はあるのか?」「牛のは初めてです」。

乳房が四つあるということもこのとき初めて知った。

1日に2度、殺菌消毒してミルカーという機械を使い丁寧に搾乳

する。一頭一頭クセなどもあるので大変だったが、これらの細やか

な工程を最終的には見なくても手の感触だけでわかるようにまでな

った。まさにモウパイである。

 

こちらの牧場の総面積は500エーカー(東京ドーム約43個分)。

敷地内で迷子になることもしょっちゅうだった。朝は早く、夜は遅

い。糞を浴びるのは当たり前。

きつい、汚い、危険、休暇なし、給料安い、臭い、帰れない…

もはや3Kどころの話じゃない。

毎晩、心も体もクタクタで「ご飯を食べないですぐ寝る」という

牛になるには程遠い生活を送っていた。今思えばミスも多かったか

ら、僕自身もよくご主人に搾られていたなぁ。

牛